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# 異国の薫り(Parfum exotique)
 

秋の暑い夕暮れに 両の眼を閉じ ほてったおまえの乳房の匂いを嗅いでいると 単調な太陽のまぶしく照りつける 幸福な岸辺が眼の前に拡がってくる それは怠惰にふさわしい島 自然の恵みはゆたかに 珍奇な木々が生い茂り 味のよい果実(このみ)がみのり しなやかながらたくましいからだつきの男たちと 驚くばかり率直なまなざしをした女たちがいる---ボードレール「悪の華」から“異国の薫り”、村上菊一郎訳。

院長コメント: 8月31日はフランスの詩人ボードレール(Charles Baudlaire, 1821-67年)追悼の日。この詩の対象となっているのはジャンヌ・デュヴァル(Jeanne Duval 、1820-62年)という素性の怪しい混血女性。その強烈な官能的肉感に惹かれたボードレール、1842年の最初の出会いからジャンヌの死までの20年間、同棲と別居を繰り返しています。サバティエ夫人が「白いヴィーナス」なら、ジャンヌは「黒いヴィーナス」"Vénus Noire" (Black Venus)。ジャンヌは1862年梅毒で死去、その5年後にはボードレールも同じ病気で死去。写真はボードレールの友人マネ(Edouard Manet, 1832-83年)が描いたジャンヌ。

# チェコの作曲家マルティヌー没後50年
 

8月28日に没後50周年を迎えたチェコの作曲家マルティヌー(Bohuslav Martinu、1890-1959年)。多作な作曲家として知られます。チェコの田舎町ポリチカの聖ヤコブ教会の塔につくられた鐘楼守の小さな家に生まれたマルティヌー。その音楽は、スラヴ的な要素、印象主義・新古典主義的な要素、それに米国の影響なども含め、多彩で複雑ながらも、明解な構造をもち比較的聴きやすい作品になっているのが特徴と評されています。交響曲全6曲のうち、5曲が1940年代に書かれており、この米国在住期間がマルティヌーの生涯で最も創作力旺盛な時代。

院長コメント: ヤルヴィ指揮バンベルク響による一連の録音は、音質の優秀さとあいまって多くの交響曲ファンの支持を集めてきたアルバム(スウェーデンBIS、1887-88年録音)。写真はポリチカの聖ヤコブ教会。

# フルトヴェングラー第1幕への前奏曲
  

1938年に創設されたルツェルン音楽祭。戦後の1947年5月、晴れてベルリン・フィルの指揮台に返り咲いたフルトヴェングラーは、その年の夏、ルツェルン音楽祭にも登場。メニューインとの協演や、幾つかの名演奏を遺しました。

院長コメント: ワーグナーの歌劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲。一般に市販されているものでは、フルトヴェングラーに2種類の名演があります。1枚は音楽祭でルツェルン祝祭管を指揮したもの(英TESTAMENT, 1947年8月30日録音)。もう1枚は死の年にウィーン・フィルを指揮したもの(英EMI, 1954年3月4日録音)。何れも清澄さの中にフルトヴェングラーの入魂ぶりが感じられる名盤。特に1947年盤は、諸般の事情から1998年に初めて陽の目を見た話題盤。
# 青と銀で輝く前奏曲
 

ワーグナー(1813-83年)のロマンティック歌劇の最後を飾る「ローエングリン」(Lohengrin)が、1850年8月28日、ワイマール宮廷劇場において大作曲家リストの指揮で初演。独立して演奏されることも多い第1幕への前奏曲---作曲者自身の解説では、この前奏曲は、天使の群れによって運ばれてきた聖杯が、まばゆいばかりの高みから降臨してくる様を表現。

院長コメント: ローエングリン第1幕への前奏曲に対する讃嘆の言葉、リストは「虹色の雲に反射する紺碧の波」と表現(1851年)。トーマス・マンは「存在するすべての音楽のうち、最もロマンティックな恩寵にあふれた前奏曲」(1918年)、さらに後年「青と銀で輝く前奏曲」と讃辞を送っています(1948年)。この歌劇の代表的な名盤のひとつと評価が高いのが、バイロイトの名歌手をそろえたク―ベリック指揮バイエルン放響による演奏(独グラモフォン、1971年録音)。
# 戦後最大のモーツァルト指揮者
 

戦後最大のモーツァルト指揮者と称賛された重鎮カール・ベーム(Karl Böhm、1894-1981年)が8月28日墺グラーツに誕生。学位は法学博士(グラーツ大学)、称号はオーストリア音楽総監督、 ウィーン・フィル名誉指揮者。来日演奏家の中で最も人気を博した一人。来日は1963年、75年、77年及び80年の4回。1963年、日生劇場のこけら落しのためにベルリン独オペラを率いて初来日。ベーム人気に一気に火がついたのは、1975年のウィーン・フィルを率いての来日公演。来日前から大変な盛り上がりと期待に違わぬ演奏で多大な反響。その反響の大きさにベームは感激し、2年後の1977年に再来日。 最後の来日となった1980年は、ウィーン国立歌劇場の引越し公演に同行。昭和女子大人見記念講堂でのウィーン・フィルとの演奏会がCD他で残されています(1980年10月6日、人見記念講堂こけら落とし記念演奏会)。

院長コメント: ベーム指揮ベルリン・フィルによるモーツァルトの2曲の協奏交響曲(ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K.364/管楽器のための協奏交響曲K.297b)はお気に入りのアルバム。ベルリン・フィルの名首席奏者等が織り成す自在な独奏、しっとりとした情感を帯びたしなやかな表情と優雅さ、そして確信に満ちた造型感覚(独グラモフォン、1964年/66年録音)。写真はグラーツ景観。

 

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