2009-04-30 : 00:53 : ueta-fukuda

キーン: 私は考えるのですが、日本人の趣味からいうと、どうも金より銀の方が合っているような気がする。金のような温かい黄色い色よりも、銀のような淋しい色の方が日本的じゃないかと思います。丁度、世阿弥(1363‐1442年)が「九位」で書いたように、花にはいろいろ段階がありますが、一つは銀の鉢に雪が積もっているような美しさ---これは私にとって非常に日本的な美の観念です。そういう意味で、あるいは後の時代の日本人にとって金閣寺よりも銀閣寺の方が親しみやすかったのではないでしょうか。しかも東山文化の墨絵、お花、茶の湯というものは、同じ銀の世界のものとして受け取られたと思います。日本にはあるゆる趣味があるに違いないのですが、もしも日本的な趣味を一つだけに絞ろうと思ったら、私は東山時代の文化じゃないかと思います。
司馬遼太郎: 私もそう思いますね---「日本人と日本文化/対談・司馬遼太郎/ドナルド・キーン」、中公文庫1972年)。
院長コメント: 日本文学研究者キーン(Donald Keene, 1922年NY生ー)と司馬遼太郎(1923‐96年)の対談集からの一部を引用。4月30日はオペレッタ「銀の時代」を代表する作曲家レハール(Franz Lehár, 1870‐1948年)がハンガリーに誕生した日。夢見るような美しい旋律に彩られたレハールの円舞曲「金と銀」にちなみ金閣寺と銀閣寺について一言。それにしても、「いぶし銀」とはいい日本語です。
2009-04-29 : 00:52 : ueta-fukuda

1791年ハイドン(Joseph Haydn, 1732‐1809年)渡英の際、作曲上演されたのが交響曲第96番「奇蹟」。「奇蹟」という呼称は、初演直後ホールのシャンデリアが落下しましたが、聴衆はハイドンを間近に見ようと舞台近くに集まっていたため一人の怪我人も出なかったという逸話からのようですが真偽は不明。ハイドンの豊かな色彩と表現の極致が伝わってくる名曲。
院長コメント: 英国の大御所ビーチャム卿(Sir Thomas Beecham, 1879‐1961年)が4月29日誕生。2009年は生誕130年となります。ディーリアス作品普及への貢献度はつとに知られていますが、フランス音楽や独墺系音楽への解釈も高い評価があります。そのビーチャム卿のハイドン交響曲集の素晴らしさは大方の人が認めるところ。特に交響曲第96番「奇蹟」は、モノラル録音ながら音の拡がりも豊かに仕上がっています(英EMI, 1957-58年録音)。
2009-04-28 : 00:30 : ueta-fukuda

4月初旬、久々映画館に足を運びました。1882年創立されたベルリン・フィルハーモニーは2007-08年シーズンで125周年を迎えました。1933-45年の激動の時代のベルリン・フィルに注目した話題作が「帝国オーケストラ」(2008年独、エンリケ・サンチェス=ランチ監督)。
院長コメント: 去年の秋、東京で封切りされたことは知っていましたが、学会途中の鑑賞計画は挫折。今般、やっと佐賀にユニークな映画館が出来たお陰で、午前中診療を終え、午後から頃合いを見はからった映画鑑賞計画成功。映画監督の意図はさておいて、フルトヴェングラーの映像は以前に経験したものでしたが、エーリッヒ・クライバーやクナッパーツブッシュとベルリン・フィルの貴重な映像を垣間見れただけでも収穫。それに小さい映画館といえどもスクリーン・サイズも十分で音量豊富。
2009-04-27 : 00:15 : ueta-fukuda

ドラクロワは、常緑の樅(もみ)の林がおおいかぶさり 堕天使がしきりに出入りする血の湖 その陰鬱な空の下を ヴェーバーの息づまる 溜息のように 奇怪(きっかい)なファンファーレの音が過ぎてゆく---ボードレール「悪の華」より“灯台”。
院長コメント: フランスの詩人ボードレール(Charles Baudlaire, 1821-67年)は、1855年の美術批評で線と色彩の問題を論じ、ドラクロワを激賞。仏19世紀ロマン主義を代表する画家ドラクロワ(Eugène Delacroix, 1798-1863年)は4月26日パリ近郊の生まれ。1832年、フランス政府外交使節の随行画家としてモロッコを訪問。その時のデッサンを基に描いたのが「アルジェの女たち」(1834年作品、ルーヴル美術館蔵)。
2009-04-26 : 00:52 : ueta-fukuda
# 真剣勝負

映画監督・内田吐夢(1898‐1970年)が4月26日岡山市に誕生。日本映画の創生期から戦後にいたるまで、骨太な作品を撮りつづけた日本映画界を代表する巨匠の一人。代表作のひとつが 宮本武蔵・五部作(東映、1961-65年) 。
院長コメント: 内田吐夢の遺作となったのが、武蔵のその後を描いた「真剣勝負」(東映、1971年)。宮本武蔵・番外編ともいえるこの作品は、武蔵と鎖鎌の宍戸梅軒(ししど ばいけん)の死闘をたたみかけるように描いた佳作。決闘シーンそのものよりも戦う男の気迫を描いて秀逸。
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