2008-09-30 : 00:30 : ueta-fukuda

モーツァルト(1756-91年)死の年にあたる1791年9月30日、歌劇「魔笛」がウィーン郊外のヴィーデン劇場(Theater auf der Wieden)で初演され大好評を博しました。「魔笛」を特に賞賛したことで知られるのが文豪ゲーテ、また若き日のベートーヴェンも大いに私淑し、後に変奏曲を書いています。
院長コメント: モーツァルトの生涯の最後を飾る傑作で、最初のドイツ・オペラと評されています。実際のステージは数回経験していますが、ウィーン国立歌劇場での舞台が印象的でした。ディスクではベーム指揮ベルリン・フィル(独グラモフォン、1964年録音)、及びフリッチャイ指揮ベルリンRIAS響(同、1954年録音)の演奏で楽しんでいます。また、第2幕の夜の女王によるアリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」は、コロラトゥーラ・ソプラノの華麗な技巧の聴かせどころ。コロラトゥーラ(伊:coloratura)とは、速いフレーズの中に装飾を施し、華やかにしている音節のことでトリルを多用。写真はコロラトゥーラ・ソプラノの女王エディタ・グルベローヴァ(Edita Gruberova, 1946年ー)。
2008-09-29 : 00:19 : ueta-fukuda

ピアノ小品「乙女の祈り」は、恐らく何時の世にあっても最も売れたピアノ楽譜の一つ。作曲はポーランドのバダジェフスカ(Tekla Bądarzewska、 1834-61年)。誕生日が不明で、一説には1838年説もありますが、命日9月29日ははっきりしているようです。何れにしろ20代で早世。「乙女の祈り」は1856年にワルシャワで出版。魅惑的でロマンティックな旋律と賞賛される一方、感傷的サロン的ばかばかしさ、あるいは愚鈍なみすぼらしい作品等々、いろんな評価がある作品です。
院長コメント: 大変ポピュラーな作品ながら、録音数は多くありませんし、演奏会でもとりあげる奏者は少ないようです。私個人的には大変好きな曲です。写真はルノワール画。
2008-09-28 : 00:11 : ueta-fukuda

風、疎竹(そちく)に来たる、風過ぎて竹は声を留めず。雁(かり)、寒潭(かんたん)を渡る、雁去って潭は影を留めず。故に君子は事来たって心始めて現われ、事去って心随って空し (菜根譚より)。
院長コメント: 人よく菜根を咬めえば、側ち百事なすべし。菜根は堅く筋が多い。これをかみしめてこそ、ものの真の味わいがわかる---新渡戸稲造博士は中国明末の書「菜根譚(さいこんたん)」の愛読者で、著書にも引用しています。一節の意味は、風が疎らな竹藪に吹くと、一時は風に鳴るが、吹き過ぎてしまうと元の静けさに立ち返って、竹藪は何の声も留めない。雁が澄んだ淵の上を飛ぶと、一時は水面に影を落とすが、飛び去ってしまうと元の静けさに立ち返って、淵は何の影も留めない。それ故に君子というものは、事が生じて初めてそれに対応する心が現われ、事が去ればそれと共に心は空になるものであって、後々まで執着するものではない。雁飛ぶ湖水の絵がなかったので北海道・阿寒湖の写真で。
2008-09-27 : 00:42 : ueta-fukuda

そめ色の 山もなき世に おのづから 柳は緑 花はくれない
院長コメント: 名著「武士道」で知られる新渡戸稲造(にとべ いなぞう、1862-1933年)博士には、「自警録~心のもちかた」という名著もあります---如何に人はかれこれ言うとも己さえ道を踏むことを怠らば、何の策を弄せずとも、いつの間にか黒白(こくびゃく)判然するものである。要は本来清浄を守るにある。さすれば人為人工を用うるに及ばぬ。かく思うと左の歌は教訓的に解しても面白い---人住まぬ 山里なれど 春来れば 柳は緑 花はくれない。
2008-09-26 : 00:14 : ueta-fukuda

ショスタコーヴィチ(Dimitri Shostakovich、1906–75年)が9月25日誕生。1936年、ソ連邦共産党機関紙「プラウダ」から酷評されたショスタコーヴィチが名誉回復のために作曲したのが交響曲第5番。初演はムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルにより、ソヴィエト革命20周年記念日にあたる1937年11月21日に行われ、喝采の中で名誉は回復されました。
院長コメント: ルーマニアの名指揮者コンスタンティン・シルヴェストリ(Constantin Silvestri、1913-69年)の生きた時代は、ほぼショスタコーヴィチのそれにほぼ重なっています。シルヴェストリ指揮ウィーン・フィルによる名盤のひとつが、この交響曲第5番(英EMI, 1962年録音)。東西緊張雪解け前の演奏です。
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