2008-08-31 : 00:38 : ueta-fukuda

歌劇「ラ・ジョコンダ( La Gioconda)」(1876年初演)で知られるポンキエルリ(Amilcare Ponchielli, 1834-86年)が8月31日誕生。生前ポンキエルリは人気に恵まれましたが、今日演奏されているオペラは、唯一「ラ・ジョコンダ」だけ。このオペラにはバレエ音楽「時の踊り 」が含まれています。「時の踊り」はディズニー映画「ファンタジア」(1940年)に流用されて有名となりました。
院長コメント: こういうポピュラーな曲ならカラヤンの右に出る人はそうそういません。フィルハーモニア管を指揮した演奏で楽しんでいます(英EMI、1957/1960年録音?)。ケンぺ指揮ウィーン・フィルも快演(英EMI、1961年録音)。
2008-08-30 : 00:52 : ueta-fukuda

18世紀後半から19世紀前半にかけて、フランス史の激動期に活躍した仏新古典主義を代表する画家ダヴィッド(Jacques-Louis David, 1748-1825年)が8月30日パリに誕生。ロココ絵画の大家であるフランソワ・ブーシェはダヴィッドの親戚。1800年以降、ダヴィッドはナポレオンの庇護を受け、1804年にナポレオンの首席画家へ。大作「ナポレオンの戴冠式」は1806‐07年に描かれたもの。ナポレオン失脚後はダヴィッドも失脚。
院長コメント: 写真は有名な「アルプスを越えるボナパルト」(1801年、ウィーン美術史美術館蔵)。この絵はウィーンで二度ほど楽しみました。
2008-08-29 : 00:34 : ueta-fukuda
# ナポレオンと田虫

ナポレオン(Napoleon Bonaparte, 1769-1821年)が8月15日コルシカ島に誕生---彼の肉体に植物の繁茂し始めた歴史の最初は、彼の雄図を確証したイタリー征伐のロジの戦の時である。彼の眼前で彼の率いた一兵卒が、弾丸に撃ち抜かれて顛倒した。彼はその銃を拾い上げると、先頭を切って敵陣の中に突入した。彼に続いて一大隊が、一連隊が、そうして敵軍は崩れ出した。ナポレオンの燦然たる栄光はその時から始まった。だが、彼の生涯を通して、アングロサクソンのように彼を苦しめた田虫もまた、同時に一兵卒の銃から肉体へ移ってきた---横光利一「ナポレオンと田虫」。
院長コメント: 横光利一(1898-1947年)は、川端康成と共に新感覚派として活躍した小説家。急性腹膜炎のため急逝、享年49。盟友川端康成の弔辞---君の名に傍えて僕の名の呼ばれる習わしも、かえりみればすでに二十五年を越えた---その年月、君は常に僕の心の無二の友人であったばかりでなく、菊池さんと共に僕の二人の恩人であった。恩人としての顔を君は見せたためしは無かったが、喜びにつけ悲しみにつけ、君の徳が僕をうるおすのをひそかに僕は感じた---生きている僕は所詮君の死をまことには知りがたいが、君の文学は永く生き、それに随って僕の亡びぬ時もやがて来るであろうか。
2008-08-28 : 00:29 : ueta-fukuda

1850年8月28日、ワーグナーのロマンティック歌劇の最後を飾る「ローエングリン(Lohengrin)」がワイマール宮廷劇場において初演されています。指揮は将来の岳父となる大作曲家フランツ・リスト。ローエングリンは“白鳥の騎士”、10世紀前半のアントワープが物語の舞台です。
院長コメント: 「ローエングリン」第Ⅰ幕・第Ⅲ幕への前奏曲、「婚礼の合唱」(結婚行進曲)など、独立して演奏される曲もあります。1858年にミュンヘンで上演された「ローエングリン」に魅了されたのが、バイエルン王国の皇太子ルートヴィヒ2世(King Ludwig II, 1845-86年)。ルートヴィヒ2世は、リンダーホーフ城内に「タンホイザー」所縁のヴィーナスの洞窟を作らせ、自身はローエングリンの扮装で船遊びを楽しんだとのこと。また、巨費を投じたノイシュヴァンシュタイン城(Neuschwanstein Schloss)の名は「新白鳥城」。写真はヴィスコンティの大作「ルートヴィヒ」からヴィーナスの洞窟シーン。
2008-08-27 : 00:21 : ueta-fukuda

独墺系音楽の巨匠カール・ベーム(Karl Böhm, 1894-1981年)が8月28日墺グラーツに誕生。1920年代、ミュンヘン国立歌劇場でワルター(Bruno Walter, 1876-1962年)の下指揮を学ぶうち、ベームの中でモーツァルトへの愛が目覚めます。以来ベームは、モーツァルトのスペシャリストとして高い評価を受けることになります。
院長コメント: ベームといえばモーツァルトというのが常識ですが、私はベームのベートーヴェンやブラームスの方を好んで聴いています。特に大事にしているのは1950年代から60年代初めにかけて、コンセルトヘボウ管、ウィーン響、そしてベルリン・フィル(BPO)を指揮した数少ないディスク。この時代のベームは気迫溢れた名演の数々を残しています。BPOとのベートーヴェン交響曲第5番は、フルトヴェングラー存命中の1953年の録音(独グラモフォン)。堅固な構築の中に瑞々しさが光る演奏。フルトヴェングラーとはかなり音楽性が違っていますが、独墺系音楽の正統派という意味ではポスト・フルトヴェングラーの一人でしょう。また、ウィーン響を指揮しての名演、ベートーヴェン交響曲第9番と最近久々の再会を果たしました(蘭フィリップス、1957年録音)。
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