2008-06-30 : 00:38 : ueta-fukuda
。
フルトヴェングラーとベルリン・フィルハーモニー(BPO)のコンビは、1954年11月30日のフルトヴェングラーの逝去により終わりを告げました。その後、カラヤンがBPO終身指揮者に就任したことはよく知られています。しかしながら、1950年代後半から60年代初めにかけては、まだ指揮者次第でBPOはフルトヴェングラー時代の残り香とでもいいましょうか、その堅固なドイツ的音色をホールいっぱいに鳴り響かせたことはよく言われています。この時代にカラヤン以外にBPOを指揮して正規の録音を遺したのが、カール・ベーム、アンドレ・クリュイタンス、フェレンツ・フリッチャイ、ルドルフ・ケンぺ、パウル・ファン・ケンペン、そしてラファエル・ク―ベリックでした。
副院長コメント: ク―ベリックがBPOを指揮したワーグナー序曲集を数十年ぶりに聴き直す機会がありました(独グラモフォン、1961年録音)。ゲルマン風とは一味違った音楽がそこに感じられますが、豊かなドイツ的響きは健在。ベームがBPOを指揮して録音したベートーヴェンの交響曲第3番/第5番/第7番、ブラームスの交響曲第1番/第2番も、往時のフルトヴェングラー&BPOの残照が見え隠れする名演です。かつてのメルセデスを昔日のBPOに例えた車の通人もいましたが、国際化が進んだ今日、BPOは機能的にはトップクラスを堅持しているものの、ドイツ的な香りは既に失われたようです
2008-06-29 : 00:44 : ueta-fukuda

20世紀を代表する指揮者の一人、ラファエル・クーベリック(Rafael Kubelík, 1914-96年)が世界的ヴァイオリニスト、ヤン・クーベリック(Jan Kubelík 1880-1940年)の長男として6月29日プラハ近郊に誕生。プラハ音楽院でヴァイオリン/作曲/指揮を学んだ後、1936年チェコ・フィルの指揮者。1942年には首席指揮者に就任。戦後はチェコの共産化に反対し英国へ亡命。1950年からシカゴ響、次いでコヴェント・ガーデン王立歌劇場音楽監督を歴任。1961年から1979年まで手兵バイエルン放響の首席指揮者。チェコ民主化革命の翌年(1990年)、「プラハの春」音楽祭でチェコ・フィルを指揮し、スメタナの「我が祖国」の歴史的ドキュメンタリーを遺しています。
副院長コメント: ウィーン・フィルとのドヴォルザークの「新世界」(英デッカ)、ベルリン・フィルとのワーグナー管弦楽曲集(独グラモフォン)などに親しみましたが、最近ではカーゾンと協演したモーツァルトやベートーヴェンのCDに親しんでいます。ク―ベリックはフルトヴェングラーの指揮に感銘を受け、指揮者を志しました。その風貌も似ていますが、ク―ベリックがフルトヴェングラーの精神的後継者と評された理由については熟知していません。写真はモーツァルト没後200周年(1991年)にリリースされた貴重なウィーン・フィルとのモーツァルト(英EMI,1961年録音)。
2008-06-28 : 00:30 : ueta-fukuda
# 白鳥の城

バイエルンの若き美貌の王として知られたルートヴィヒⅡ世(Ludwig II of Bavaria, 1845-86年)は、大作曲家ワーグナーのパトロンとして知られています。また王は、幼い頃からの夢であった騎士伝説を実現すべく、“白鳥の城”といわれたノイシュヴァンシュタイン城など豪華な建築物を建造。王の政治力欠如に危惧を感じた家臣たちは1886年6月12日にルートヴィヒを逮捕、廃位。ルートヴィヒは幽閉され、翌日6月13日にシュタンベルク湖畔で医師と共に水死体となって発見。その死の詳細は未だ謎のままです。森鷗外の「独逸日記」にも王の死が記されています。ヴィスコンティの傑作「ルートヴィヒ」で王は我が国でもよく知られることになります。
副院長コメント: 1876年8月、ルートヴィヒⅡ世の援助によりバイロイト祝祭劇場において無事「ニーベルングの指環」が初演されました。王とワーグナーは8年ぶりの再会。ルートヴィヒⅡ世のワーグナー芸術への貢献は、今でこそ高く評価されていますが、当時は非難の的。また、多大な出費を要したノイシュヴァンシュタイン城も今や世界中から多くの観光客集めに貢献。時間が経過しないとその業績の評価もむつかしいということでしょうか。写真はルートヴィヒⅡ世とノイシュヴァンシュタイン城。
2008-06-27 : 00:45 : ueta-fukuda
# ギターの帰宅

1979年に上京しましたが、職場の友人の紹介で永福町の小さな楽器店で何時も輸入盤LPを買っていました。この楽器店にはギターもいいものが置いてあって、比較的安価な田村ギターを店主から勧められて購入。元々は歌の伴奏用に購入したもので、東京にいる間は殆どケースの中に眠ったまま。部屋の暖房でボディにひびが入ってしまいました。5年程前に1年余り福岡のギター工房に入院。2年前に重傷を負い再度入院。入院費は原価を越えてしまいました。しかし、今回は表面のキズなども目立たなくなり、楽器自体の音色もほぼ従来通りに回復して、やっと最近退院の運びとなった次第です。
副院長コメント: 田村ギター---知る人ぞ知る手工ギターのひとつです。詳しいことは知りませんが、四国の高知在住だった田村廣、満兄弟の手になる楽器で、現在製作者が他界したため中古しかないというわけです。久しぶりに「ソルの24の練習曲」など弾いてみると、きれいな曲がそろっており今後楽しめそうです。
2008-06-26 : 00:28 : ueta-fukuda
# 白鳥の歌

1788年、すなわち今から丁度220年前の夏、モーツァルト(1756-91年)の3大交響曲がわずか6週間で次々と作曲されています。先ずは交響曲第39番(K.543)が6月26日に完成されました。確信に満ちた幸福感溢れる曲で、モーツァルトの「白鳥の歌」とも評されています。白鳥はふだんは鳴かないが、死ぬ時初めて美しい声で鳴くと伝えられています。また、モーツァルトは歌劇「ドン・ジョヴァンニ」を書き上げたばかりの時期で、この交響曲は「ジョヴァンニのチャーミングな妹」と呼ばれていたそうです。
副院長コメント: モーツァルトの交響曲第39番は、曲に一貫して流れる晴朗な雰囲気が好きで、ブルーノ・ワルター指揮コロンビア響(SONY、1960年録音)、カール・ベーム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管(蘭フィリップス、1955年録音)その他の演奏で学生時代から随分と親しんできました。第3楽章メヌエットは絶品。また第4楽章のほとばしる歓喜も素晴らしい。ウィーン・フィルでこの曲を味わいたい時にはケルテス盤(英デッカ、1962年録音)を取り出します。
TOP PAGE △









