2008-02-29 : 00:33 : ueta-fukuda
# サロン音楽
今年は閏年(うるうどし)。2月29日は、4年に1度のロッシーニ(Gioachino Rossini, 1797-1868年)の誕生日です。当代の売れっ子オペラ作曲家だったロッシーニのパリ赴任時代は貴族のサロン音楽隆盛期。そこでロッシーニも実入りがいい夜の「第2の仕事」に精を出していました。ロッシーニ少年時代の作品、「6つの弦楽ソナタ」については既に述べましたが、その弦楽ソナタのほとんどがサロンでの演奏会用に管楽四重奏曲として編曲されています。
副院長コメント: 「フルート、クラリネット、ホルン、ファゴットのための管楽四重奏曲集」と題したCDが手元にありました。ランパルのフルート、ランスロのクラリネット、オンニュのファゴットなどフランスの名手による演奏を楽しめます(仏エラート、1963年録音?)。
2008-02-28 : 00:05 : ueta-fukuda

ワルツ「波濤を越えて」の一曲で名を残したメキシコの作曲家/ヴァイオリニストのローザス(Juventino Rosas, 1868-94年)が今年生誕140年を迎えました。日本でいえば明治維新の生まれということになります。インディオの血をひく貧しい先住民の生まれで、音楽はほとんど独学。その後オーケストラやブラスバンドを率いて、国際的な演奏旅行を行いましたが若くして急逝。
副院長コメント: この古典的なワルツは、1891年に作曲されました。男性的で勇壮な大洋、その波を越えて進む爽快さをワルツのリズムに託した名曲で素朴な力強さも感じられます。ルーマニアのワルツ王・イヴァノヴィッチ作曲「ドナウ河のさざ波」と同じぐらい有名で、しばしばウィンナ・ワルツと混同されています。30年前ロベルト・シュトルツ指揮ベルリン交響楽団によるウィーン風名演を楽しんでいましたが、先般アンドリュー・デイヴィス指揮フィルハーモニア管弦楽団のCDで久々「波濤を越えて」と再会しました(英EMI,1987年録音)。
2008-02-27 : 00:25 : ueta-fukuda
# 地中海食

地中海地方の伝統的食事である地中海食は心血管系リスクを低下させると言われていますが、このほど抗炎症作用を示唆する成績が報告されました。対象は米国在住の双生児180組。これら360例を対象に、2002年から06年の間に採血と食事内容を調査。本研究では地中海食を多くとっているものでは、炎症性サイトカインのレベルが低いことが示されました。この対象集団で地中海食と炎症性サイトカインに負の関連がみられたことは、地中海食が遺伝および食事以外の環境因子の影響とは独立して生物学的に全身性炎症反応の低下に作用していることを示唆する報告(Circulation 2008; 117: 169-75 )。
副院長コメント: これまで、地中海食が心血管疾患に対して保護的に働くことが知られていますが、そのメカニズムはよくわかっていません。地中海食は、豊かで多様な植物性の食材が基本になっており、適量のチーズかヨーグルトなど乳製品に加えて、ミネラル、ビタミン、食物繊維を多く含む野菜と果物、パンと穀物、豆、ナッツ、種子に、不飽和脂肪酸と抗酸化成分の供給源のオリーブ油を多く使うものです。 2007年6月6日のブログ、ギリシャ式食生活を参考に。
2008-02-26 : 00:55 : ueta-fukuda
# 大観没後50年

日本画壇の重鎮、横山大観(1868‐1958年)は、旧水戸藩士の家に生まれ、東京美術学校に第一期生として入学。岡倉天心、橋本雅邦らに学んでいます。後に東京美術学校を失脚した岡倉天心主催する日本美術院創設に参加。線描を大胆に抑えた没線描法の先進的画風を次々に発表しますが、保守的風潮の強い国内での活動が行き詰まったため海外へ。ニューヨーク、ロンドン、パリなどで個展を開催。欧米での高い評価を受けて日本国内でもその画風が評価され始め、以後日本画壇の重鎮として確固たる地位を築きました。2月26日は50回目の命日にあたります。
副院長コメント: 外で評価が高まり、内でも慌てて評価し直すパターンは我が国ではよくみられること。大観没後50年を記念して、港区六本木の新国立美術館で展覧会が開催されています(1月23日‐3月3日)。機会があれば出掛けてみたいものです。
2008-02-25 : 00:22 : ueta-fukuda

オペラ史上最も偉大なテノール、エンリコ・カルーソー(Enrico Caruso,1873-1921年)が2月25日ナポリに誕生。イタリアオペラの他、イタリア古典歌曲、民謡、そして当時のポピュラーソングまで広範囲な約500曲の膨大なレパートリー。レコード録音を盛んに行った最初の歌手で、その並外れた声量と声の美しさによってスター歌手となりました。1920年、メトロポリタン歌劇場で出演中に喀血し、故郷ナポリで療養中の翌年、48歳の働き盛りで逝去。
副院長コメント: カルーソーの生涯はハリウッド映画「歌劇王カルーソー」(1951年)で大々的に脚色されて映画化されています。少年カルーソーが歌う「マリア・マリ」が絶品。また2000年に"CARUSO 2000"と銘打ったディスクが発売されました。最新のコンピューター技術により、SPレコード音源からカルーソーの声のみを抽出、そこへ最新録音のウィーン交響楽団による伴奏を重ねるという手間暇かけた革新的技法によるCDです。ナポリ民謡を中心とした"CARUSO 2001"も発売されていて、1906年から1920年にかけての歌声が、カルーソーの死後80年目にして鮮やかによみがえりました。
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