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# フルトヴェングラー追悼の日
 

ドイツ音楽の巨星 フルトヴェングラー(Wilhelm Furtwangler, 1886-1954年)の53回目の命日を迎えました。1954年11月30日、ベルリンの大学ホールでフリードリヒ・グルダのベートーヴェンのソナタ全曲連続演奏会が開かれていた最後の晩、グルダのもとにフルトヴェングラー死すの知らせが入ります。グルダはマネージャーに訃報の真偽を確かめさせた後、舞台の前端に進み出て聴衆に告げました---「皆さん、非常に悲しい出来事についてお知らせします。指導的なドイツの音楽家の一人であるヴィルヘルム・フルトヴェングラーが数時間前に亡くなりました。この大音楽家を偲んで変イ長調ソナタから葬送行進曲を弾きます」。「亡くなった」という言葉が発せられた瞬間、聴衆の間に一つの叫びが上がるとともに、求められることなく皆一斉に起立した---。

副院長コメント: 私もクラシック音楽が好きになって30年以上はフルトヴェングラーの音楽と付き合ってきました。特にベートーヴェンとブラームスには格別の思いがあります。1954年12月4日、オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・フィルハーモニーが演奏する中、葬儀がハイデルベルクの聖霊教会で行われました。その墓石には新約聖書の次の言葉が刻まれています---実に信仰・希望・愛、この三つのものは限りなく残らん。しかしそのうち最も大いなるは愛なり。写真はハイデルベルクの古城と秋の陽光を浴びて散策したネッカー河畔。

# マレキアーレは恋の広場
 

イタリアのテナーで一世を風靡したベニャミーノ・ジーリ(Beniamino Gigli, 1890-1957年)。11月30日は50回目の追悼の日にあたります。ジーリは1914年パルマで行われた国際声楽コンクールで1等賞を受賞。1921年カルーソーが急逝した後の空白を埋め、以後30年にわたり世界的に最も著名なイタリア人テノール歌手となりました。彼はしばしば「第二のカルーソー」と呼ばれましたが、彼自身は「第一のジーリ」として知られるほうを好む、と言っていたそうです。

副院長コメント: ジーリはイタリア・オペラが真骨頂ですが、私にとってジーリといえば“胸にメロディの泉を持つ”といわれたイタリアの歌曲作家トスティ(Sir Francesco Paolo Tosti, 1846-1916年)の名曲「マレキアーレ」 "Marechiare"です。学生時代、ほとんど入りびたりだったクラシック喫茶のマスターK氏お気に入りの名唱です---“この胸は恋にはずみ 歌うさざ波楽し気や 薫る花は窓の辺りよ マレキアーレは恋の広場 ああ マレキアーレ”---いかにもトスティらしい魚も恋に浮かれるような明るく楽しい歌です。「マレキアーレ」というのはナポリに近い海辺の名前。

# 人心乱れて国滅ぶ


文藝春秋12月号に掲載された藤原正彦氏(お茶の水女子大教授)の寄稿。題して「教養立国ニッポン」---経済至上主義では人心乱れて国滅ぶ---市場原理を錦の御旗とした構造改革---我が国は金銭崇拝から歴史的に最も遠い国であったそれがたった十年ほどで金銭亡者で満たされてしまった---大人も子供も、勝ち馬に乗ることばかりを考えるようになった---そしてはびこる反教養主義。氏は続けます。教養が大切な理由---第一は大局観の基をつくる、第二は人間的魅力を高める、第三は教養は日本の国柄、第四は愉しみ、第五には誇りである。そして国民の道徳・教養・文化的遺産についての氏の指摘は妥当です。すなわち文化的遺産を産むには、広汎な教養の行き渡っていることが不可欠で、国民の間に学問・文学・芸術などへの理解、少なくとも憧憬なくして文化的遺産の創造や継承は難しい。また道徳を保つには、国民一人一人の誇りが是非とも必要である。誇りをなくした人間には倫理も道徳も礼節もない。

副院長コメント: 最後の文章は現代日本人の地に堕ちた品性を表現したものでしょうか。氏は教養の愉しみで瀬戸内寂聴さんの言葉を引用---「人生の愉しみは、食べること、セックスすること、そして読書することに尽きるのではないでしょうか」。似たような言葉で、荷風「断腸亭日乗」1926年正月22日の記、蜀山人「擁書漫筆」の叙引用部分を思い出しました---人生に三楽あり、一には読書、二には好色、三には飲酒、この外は落落としてすべてこれなき処。
# モーツァルトの名手
  

モーツァルト弾きとして定評があったヴァルター・クリーン(Walter Klien, 1928- 1991年)がオーストリアのグラーツ(指揮者カール・ベームと同郷)に11月27日誕生。ウィーン音楽アカデミーでミケランジェリに師事。ブゾーニ・コンクールとロン=ティボー国際コンクール入賞。1969年にはアメリカ・デビュー。日本へもたびたび来日しています。モーツァルトやブラームスのピアノ独奏曲全集のほか、シューベルトのピアノ・ソナタの全曲録音があります。

副院長コメント: モーツァルト弾きの名手として私が学生時代から馴染みあるピアニストの一人です。実演は一度、NHKホールで経験したように記憶しています。CDではモーツァルトのピアノ・ソナタ全集(米VOX、1964年録音)、スイス生まれの名指揮者ペーター・マーク等と組んだモーツァルトのピアノ協奏曲集(全7曲、米VOX)、そしてグリュミオーとのデュオによるヴァイオリン・ソナタ集(蘭フィリップス、1981-82年録音)が手元にあります。その硬質なタッチから生まれる美しい音は、モーツァルトにおいて美質が一層発揮されています。グルダやブレンデルとほぼ同世代ながら脚光を浴びることが少なかったピアニストですが、残されたモーツァルトの演奏はギーゼキングやグルダとともに貴重な遺産となっています。


# シューベルトの神髄
 

ケンプも、晩年の録音だとシューベルトですね。昔はベートーヴェンがよかったけれど、70の坂にさしかかった頃からはシューベルトがいい。彼のシューベルトは本当にいいですよ。シューベルトという作曲家の神髄は、ケンプのピアノを聴けば分かります---日本の現代思想史に一時代を築いた丸山眞男の言葉です(中野雄著「丸山眞男 音楽の対話」、文春新書1999年刊)。

副院長コメント: シューベルトのピアノ曲では「楽興の時」や「即興曲集」に学生時代から親しんできましたが、ピアノ・ソナタを聴き始めたのは40歳を過ぎた頃からだと思います。特にケンプが弾く作品番号D960(独グラモフォン、1967年録音)はその長大な楽想にもかかわらず、シューベルト特有の詩情とロマンが芳醇な薫りをもって溢れんばかりに示されています。本質的にロマン主義的芸術家であったケンプの資質の最良の部分が表されているアルバムです。


 

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