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# 美食家 


ある時 「ベートーヴェンをどう思うか」と問われ「彼は偉大な作曲家だ」と答え、それではモーツァルトはと重ねて聞かれると「彼こそ唯一の音楽家だ」と返事したという作曲家ロッシーニ(Gioachino Rossini, 1797-1868年)は2月29日、イタリアに生まれました。一時はイタリアのみならず全ヨーロッパにロッシーニ旋風を巻き起こし、ウイーンにいたベートーヴェンも危機感を抱いたようです。彼の作曲活動期間は20年間にも満たず、44歳で音楽界から引退し、イタリアのボローニャ(のちフィレンツェ)で隠居生活を送ります。63歳の時、健康回復を機にパリへ戻り、著名人を集めたサロンや 高級レストランを経営しています。美食家で有名でしたが、今でも「ロッシーニ」という看板を掲げたホテルやレストラン・バーが世界のあちこちにあります。

副院長コメント: 私と最も縁がうすい作曲家の一人ですが、唯一気に入った曲があります。それは「6つの弦楽ソナタ」。ロッシーニがまだ若い頃に作った作品で、原曲の楽器構成に難があり、後年編曲されたものが演奏されています。カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー、あるいはネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の演奏がお薦めです。モーツァルトの喜遊曲にも似た心地よいイタリアの風が吹きぬけます。現代日本の美食家は糖尿病と高尿酸血症に要注意です。

# 健康至上主義


健康は何故大切かという基本命題を考えましょう。健康は人生の目的ではありません。健康は人生の歓びを獲得するための一手段です。一方疾病は悪でしょうか。病気は無理している生体を休ませるための一つの警告みたいなものです。しかし病気は警告を通り過ぎて突然致命的一撃を生命体に与えることがあります。それは生体が警告に気づかないほど鈍感になっていたためです。写真はムンク画「春」。

副院長コメント: 健康至上主義は病理に属します。健康オタク族は既に精神的に病人に属します。また、地球に優しい云々は、まがまがしい感じがします。大気圏を破って多数の人工衛星が打ち上げられ、何百というジェット機が大気圏を飛び交い、そして地上を排気ガスが覆う。地球の環境破壊は、科学技術の発展により形成された文明社会の当然の帰結です。科学技術の恩恵に浴した文明人はもう後戻りは出来ません。
# ゴンドラの唄第16章: 男女の間は


去年でしたか、或る新聞の特集頁に小説家、宇野千代についての掲載があり、興味深く読みました。明治30(1897)年、広島県岩国市の生まれで、1996年98歳で大往生しています。死ぬ半年前に「何だか、私 死なないような気がするんですよ」と言ったのは有名な話だそうです。尾崎士郎、東郷青児、北原武夫と結婚、華麗な男性遍歴と自由奔放な生き方。日本初のファッション雑誌「スタイル」を刊行し、着物のデザインにも力を入れていたとのことです。その彼女が言っている言葉が掲載されていたのでここに記しましょう。
「困難は避けても、なくすことはできない。その困難に身を寄せることによって、はじめて、困難は困難でなくなる」、「絶対の幸福も不幸もありません。悩みや心配事から解放されるコツはこだわらないこと、これひとつです」。そして彼女は幸福は伝染すると信じていたそうです。

副院長コメント: 宇野千代氏については多くを知りませんが、人生の軌跡を見ただけでも、こんな勇敢な女性が明治にはいたのだと感心してしまいます。最後にもう一つ、彼女の言葉です。「所詮 男女の間はオスとメスの動物的間柄。それを愛という次元にまで高め得るのは極々稀な人達」。ニーチェの言葉を借りれば「エロスはアガペとして昇華する」というところでしょうか。
# 医師は聖職か


医師は聖職かということについて考えてみます。毎年正月にはテレビで新春対談という企画があります。少し前になりますが、弁護士の中坊公平氏、国際的建築家の安藤忠雄氏、そして仏門に帰依した瀬戸内寂聴氏が対談した時の内容の一部を紹介させていただきたいと思います。中坊氏は言います。

「医師、弁護士、牧師というのは、人の不幸を金に換える仕事であり、決して金儲けを目的としてはならない。これらの職業が聖職といわれる所以(ゆえん)はここにある」

それまで、私にはこういう考えは全然ありませんでしたが、まさに正論です。病人はいってみれば不幸な人間に属します。そういう不幸な人間を「患者様」などと呼ぶ発想は、慇懃無礼という日本語を思い出させます。また、人の不幸を金に換える職業というものは、営利にはしれば当然天罰が下るということになります。写真は「病める子供」(ムンク画)。

# ゴンドラの唄第15章: 女の成瀬
 

日本映画史上、女性を描かせたら卓越した技量を発揮した映画監督に成瀬巳喜男(なるせ みきお、1905-1969年)がいます。林芙美子原作「浮雲」(1955年、東宝)は一般に成瀬の最高傑作と評価されるだけでなく、世界映画史上に残るメロドラマとして君臨しています。メロドラマでありながら甘くない。やるせない男女の宿命的哀愁が全篇を被っています。高峰秀子と森雅之の演技が卓越していて、映画を観る者を東京から屋久島の果てまで引きずっていきます。劇的な物語ではありませんが、観衆をじわじわとひきつけるその映画手法には脱帽してしまいます。あの小津安二郎も「浮雲」は俺にはとれないシャシンだと言っています。しかし、成瀬自身は「浮雲」を自身の最高作品とは思っていなかったそうです。成瀬は仕事の後、夜遅くまでよく酒を飲んでいたそうで、それも独酌。映画人の間では「ヤルセナキオ」の異名をとっていたとのことです。写真上が「浮雲」、下は高峰と森が共演した「女が階段を上る時」(1960年、東宝)。

副院長コメント: 成瀬の作品は他にもいろいろと観ましたが、川端康成原作「山の音」の忍ぶ恋が秀逸です(原節子、山村聡、森雅之)。高峰秀子と森雅之、ともに名優です。成瀬監督以外にも、日本映画史上に残る作品にそれぞれ出演しています( 「雨月物語」 溝口健二監督、「羅生門」 黒澤明監督、「二十四の瞳」・「喜びも悲しみも幾年月」 木下恵介監督 )。

 

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