2010-07-30 : 00:36 : ueta-fukuda
7月29日は、名門ウィーン・フィル(VPO)の顔として敬愛されたコンサート・マスターのゲルハルト・ヘッツェル(Gerhart Hetzel, 1940-92年)追悼の日。山登り途中に転落し非業の死を遂げています、享年52。1975年から3度にわたり、オーストリアの名指揮者ベーム率いるVPOの日本公演に同行したヘッツェルは、我が国においてもすっかりお馴染みの演奏家。1956年、それまでVPOの第1コンサートマスターであったシュナイダーハン(Wolfgang Schneiderhan, 1915-2002年)らと共にルツェルン祝祭弦楽合奏団を結成。1969年、ヴァルター・ヴェラー(Walter Weller, 1939年ー)の後任としてウィーン国立歌劇場/VPOのコンサートマスター就任。以後、急逝する日までの23年間、その任をつとめました。
院長コメント: ヘッツェルが亡くなる1ヵ月前、最後の録音となったのがベートーヴェン初期の傑作「七重奏曲作品20」。ヴァイオリンが大活躍するこの作品で、ヘッツェルの品格を感じさせる美音が楽しめます、合掌(DENON, 1992年録音)。
2010-07-29 : 00:40 : ueta-fukuda

7月29日は、今年生誕200年を迎えたシューマン(Robert Schumann, 1810-56年)追悼の日。「森の情景」(Waldszenen)は、シューマンのよく知られるピアノ独奏曲集のひとつで、ラウベの詩集「狩の日誌」(Jagdbrevier)に触発されて作曲。作曲は1848年‐49年、出版は1850年。作品は、1.入口 Eintritt 2.待ち伏せる狩人 Jäger auf der lauer 3.寂しい花 Einsame Blumen 4.気味の悪い場所 Verrufene Stelle 5.なつかしい風景 Freundliche Landschaft 6.宿 Herberge 7.予言の鳥 Vogel als Prophet 8.狩の歌 Jagdlied 9.別れ Abschied から構成。
院長コメント: モーツァルト弾きとして現在も尚高い評価があるハスキル(Clara Haskil, 1895‐1960年)による「森の情景」。ハスキルが還暦を前にした録音ですが、しっとりとしたロマンの中に暗い情感がただよい、シューマンの命日にふさわしい佳演となっています。「入口」、「寂しい花」、そして「予言の鳥」などが秀逸(蘭フィリップス、1954年録音)。写真は独ボンにあるシューマン夫妻の墓地。
2010-07-28 : 00:49 : ueta-fukuda
7月28日は、合奏協奏曲「四季」の作曲者として知られるイタリアの作曲家ヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi, 1678-1741年)追悼の日。明るいイタリアの海と太陽を彷彿とさせるマンドリンの音色、ヴィヴァルディ作曲「2つのマンドリンのための協奏曲」RV532は左右からマンドリンのソロが聴かれ、特に第2楽章はステレオ効果抜群。マンドリン独奏者にオーランディ(Ugo Orlandi, 1958年ー)とフラティ(Dorina Frati)を迎え、シモーネ(Claudio Scimone, 1934年ー)指揮イ・ソリスティ・ヴェネティ(I Solisti Veneti)による本場イタリアの名演があります(仏Erato、1983年録音)。
院長コメント: 思わずマンドリンに手を伸ばしたくなるような絵画、「マンドリンを持つ少女」はフランスの画家ジュール・ジョゼフ・ルフェーブル(Jules Joseph Lefebvre, 1836-1911年)の作品。その作風は、もっぱら1人の美しい女性を描いた人物画が中心。
2010-07-27 : 00:47 : ueta-fukuda

伊ナポリ王国のギタリスト・作曲家のジュリアーニ(Mauro Giuliani, 1781–1829年)が7月27日誕生。19世紀初頭におけるクラシック・ギターのヴィルトゥオーゾの一人で、西洋音楽におけるギターの新たな役割に貢献した音楽家。墺帝国の上流社会や、ベートーヴェンやロッシーニのような著名な作曲家にも知られるようになり、ウィーンで最も活動的な演奏家と共演。1813年12月8日、ベートーヴェンの交響曲第7番初演にも恐らくチェロ奏者として参加。ジュリアーニの作曲家としての業績は数多く、150曲のギター曲は19世紀ギター曲の中核をなすもの。
院長コメント: ベートーヴェンやロッシーニと同時代を生きたジュリアーニの代表的作品といえば、3つのギター協奏曲(作品30、作品36、作品70)。スペインの名手ペペ・ロメロ(Pepe Romero, 1944年ー)とマリナー指揮アカデミー室内管による佳演が手元にあります。ボッケリーニのギター五重奏曲同様、南欧の空気を感じさせる爽やかな仕上がりで、特に第1番(作品30)第3楽章は秀逸(蘭フィリップス、1974/76年録音)。
2010-07-26 : 00:30 : ueta-fukuda
# 天の橋立

大江山の、なだらかな曲線が見えて来る。「大江山 生野(いくの)の道の 遠ければ まだ文も見ず 天の橋立」は、百人一首で誰も知っている。(略)作者小式部内侍は、幼時から歌に巧みであったが、時人は、これを怪しんで、母親和泉式部の潤色によるものと言っていた。或る歌合わせで、丹後に住む母親からの使は未だか、とからかわれ、即座に、この歌を詠み、人を驚かせたと詞書は言う。(略)京から丹波路を行く旅人は、行けども行けども大江山が追いかけて来るような道を歩いた事であろう。阿蘇の海に辿り着くと、一の宮から、白砂青松の不思議な参道が、海を延びて来ているのを見て、驚きもし安堵もしただろう。天の橋立という名は、いかにも自然に、誰かの心に浮かんだのであろう。歌を思い出すだけで、もはや現代の私の心を去ったと思われる旅情が蘇る。名歌は橋立より長生きするだろう。---小林秀雄「天の橋立」、昭和37年朝日新聞。
院長コメント: 小式部内侍(こしきぶのないし、999?-1025年)は平安時代の女流歌人。母は和泉式部。母同様に恋多き女流歌人として知られます。出産に際し20代で死去、恐らく弛緩出血!? 天橋立は、京都府宮津市の宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる砂嘴(さし)で、江戸時代から松島(宮城県)、宮島(広島県)とともに日本三景の一つ。
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